台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がシャープに出資してから12日で1カ月。シャープ再建に向けて鴻海がまず手をつけたのは人事・組織改革だ。外資が買収した初めての日本の大手電機メーカーとなったシャープに急激な体制転換を迫る鴻海の狙いを探った。

社長室が全権掌握 「まるで首相官邸」

鴻海による買収の過程で、大阪・西田辺から堺市に移ったシャープ本社。午前8時の会議の前に、本社と同じ敷地内にある神社から、かしわ手を打つ音が聞こえる。しっかりと2礼2拍手1礼し、安全を祈願するのは、8月13日にシャープ社長に就任した戴正呉(65)だ。台湾時代からの習慣は日本で働く今も欠かさない。

戴は台湾の電機大手、大同グループが設立した大同工学院で会計や日本語を学んで大同に入り、日本駐在も経験した。1986年に鴻海へ転じると、ソニーとの取引を成功させて頭角を現し、鴻海董事長の郭台銘の「右腕」となった。台湾や中国にいることの多い郭とも毎日のように連絡をとる。陽性で声の大きい郭を支える役割のイメージが強い戴だが、早くも独自経営の一端を見せ始めた。

「こんな細かい制度まで知っているのか」。8月下旬のシャープの経営戦略会議の直後、社員からはこんな声が漏れた。戴が「現状のローテーション制度は廃止する」と打ち出したからだ。「ローテーション制度」とは、若手社員が3つの部門を経験する人事慣行のこと。特定分野に精通する「I型」の人材よりも、専門以外の分野にも知見を持つ「T型」の人材を育てる狙いだ。

この制度を推奨したのは、「テレビをブラウン管からすべて液晶パネルに切り替える」と宣言して、2000年代前半にシャープの業績を大きく伸ばした4代目社長の町田勝彦。シャープにとっては自社のアイデンティティーにもかかわるような重要な制度だが、あっさりと廃止が決まった。鴻海では、採用時から専門性を求められ、入社後もその専門性を磨いていくのが一般的。鴻海流の人事制度導入にためらいはない。

8月12日の鴻海によるシャープ出資から、ちょうど2週間後の8月26日に発表された組織改革の目玉は、その戴を支える「社長室」の新設だった。ある社員は「社長室はまるで首相官邸、社長室長は官房長官だ」と話す。役員秘書を束ねたり、経営企画を担ったりするだけでなく、鴻海がシャープの権限を掌握する舞台装置であるためだ。